なぜギターアンプは調整が必要な固定バイアス?(2)

(1)では固定バイアスの方が大きな出力が出せることを概念的に説明しました。
(2)ではロードラインとシミュレーションを使って、もう少し定量的に説明します。
   演奏家の方はそこまで知る必要はないかと思いますが興味があればご一読いただければと思います。

プッシュプル回路のロードラインと最大出力

 図1に6V6を使った固定バイアスのプッシュプル出力回路を、図2に自己バイアスのプッシュプル出力回路を示しました。回路の値はGE社規格表内のCHARACTERISTICS AND TYPICAL OPERATIONに記載されている内容から決めています。表1はその抜粋です。プレート損失(最大定格のひとつ)などに付いても配慮されているため、そのままこの値を使うことができます。グリッド抵抗の値も同じ規格表から決めていますが、バイアスの方式で異なることに付いてはここでは触れません。自己バイアス用の抵抗Rkは、固定バイアスと同じバイアス電圧が発生するように決めています。(説明用のため一部簡略している部分があります)
なお、プッシュプル回路では、固定バイアスと自己バイアスを区別しにくいという方に、図3と図4を用意しました。同じタイトルの(1)と比較しながらご覧ください。なお、反転させた入力で2本目の真空管を動かし、これら上下の真空管をシーソーの様に動作させる回路をプッシュプル回路と呼んでいます。

図1 固定バイアスのプッシュプル回路例

図2 自己バイアスのプッシュプル回路例

固定バイアスのプッシュプル回路例
自己バイアスのプッシュプル回路例

図3 固定バイアスのプッシュプル回路例 片側抜粋

図4 自己バイアスのプッシュプル回路例 片側抜粋

固定バイアスのプッシュプル例片側抜粋
自己バイアスのプッシュプル例片側抜粋

表1

6V6回路定数表

ロードラインを引くためのポイント

 Ep:Ip特性(横軸がプレート電圧、縦軸がプレート電流で表した特性)の上にロードラインを引くのですが、ここで四つのポイントを先に書いておきます。
まず出力トランス(センタータップ付きの場合)の考慮すべきポイントです。
① 一次側の各インピーダンスは、電流が同じ時には公証インピーダンスの半分の値になります(図5)。
② 一次側のどちらか一方の電流が0になると、他方のインピーダンスは交渉インピーダンスの1/4になります(図6)。
次にロードライン作図のポイントを書いてみます。
③ グリッド電圧はEp:Ip特性図の0V(=カソード電圧)より上がらない(図7)。
  理由は、入力電圧がカソード電圧より高くなると、グリッドから内部へ向かって電流が流れ始めます。グリッド電圧を上げようとすればするほどこの電流は大きくなるため、カップリングコンデンサ(回路図内のC)での電圧降下も大きくなり、結果グリッド電圧は0V付近より上がることができません。この様子をシミュレーション結果で示してみました(図8)。入力電圧Vinを大きくしてもグリッド電圧Vg1は0Vを(大きく)超えられません。この時Vg1の波形はその分だけ下側に伸びていきます。
出力トランスでもう一つのポイントです。
④ 一次側の電力は二次側(スピーカー側)の電力に等しくなります(図9)。これは一次側の電力を計算することでスピーカーに入る出力の大きさを算出できることを表します。

図5 ① 同じ電流が流れている時

図6 ② 片側しか電流が流れてない時

出力トランスで両側に流れている時のインピーダンス
出力トランスで片側に流れている時のインピーダンス

図7 ③ グリッド電圧は0V(=カソード電圧)より上がらない

図8 ③ グリッド電圧は0V(=カソード電圧)より上がらない シミュレーション

真空管のグリッド電圧

真空管のグリッド電圧シミュレーション

図9 ④ 一次側と二次側の電力は等しい

トランスの一次側と二次側の区別

ロードラインの引き方

 前置きが長くなりました。それでは図10をご覧ください。
線A:Bから見ていきましょう。
まず、電源電圧250Vとバイアス電圧-15Vの交点に赤丸印を付けます。入力信号が入ってこない時の動作位置になります。この時は上側の真空管のプレート電流と下側の真空管のプレート電流は等しくなりますから、 ①よりインピーダンスは5KΩになります。したがって、この赤丸印を通る傾きが5KΩ(R=E/Iですから例えば250Vで50mA変化する)で右肩下がりの線A:Bを引きます。
次に線C:Dを見ていきましょう。
プレート電圧が0Vの時には、もう一方の真空管にはプレート電流が流れませんから、②よりインピーダンスは2.5KΩになります。この時トランスに流れる電流は250V÷2.5KΩですから100mAとなります。ところで、この電流は言い換えると |上の真空管のプレート電流| - |下の真空管のプレート電流| になります。電源電圧が250Vの時には両方の真空管のバイアス電圧は等しく-15Vとなり、プレート電流も等しくなります。従ってC:Dの線は250Vの時にプレート電流=0を通る直線になります。
これで二本の線が引けました。これらの線からロードラインは直線でない、赤い点を通る曲線であることが想像できます。そしてこの赤い線が求めていたロードラインになります(曲線の曲がり方に付いては略させていただます)。先の③の理由により入力信号が大きくなってもグリッド電圧は0Vより上がりません。グリッド電圧の高い側が0Vで、バイアス電圧の-15Vを中心に対称の波形が入力されると、グリッド電圧の低い側は-30Vになります。この時プレート電流はIminとなります。そして、これより大きな入力電圧が入った場合では先の③のシミュレーション結果より下側に膨らんだ波形が入力されまることになります。
ここで大事なことをお話しします。
ロードライン上に示した青の破線で、Vminと書いた電圧です。約30Vを示します。プレート電圧を出来る限り下げようとしてグリッド電圧をいくら上げてもグリッド電圧は0V以上には出来ませんから、どうしてもこの電圧が残ります。それをこの破線が示しています。

ロードラインを求めた理由

 ロードラインを書いた目的は出力の大きさが固定バイアスと自己バイアスでどう変わるかを考察するためです。出力の大きさに付いて図9に書きましたが、トランスでは一次側の電力と二次側の電力が等しいことから、スピーカーの場所での出力の大きさを考えなくとも一次側、つまりロードラインから算出できます。出力(=実効出力=実効電力)は、電圧(実効値) X 電流(実効値) になります。
まず固定バイアスから最大の出力を算出してみましょう。電圧振幅は電源250Vから下側の電圧Vminを引いた値の2倍になります。実効値では、(250V - 30V) / √2 となります。最大の電流はImax X 2=90mA X 2=180mAを振幅とする正弦波の実効値になりますから(図11の右図を参照) 180mA / 2 / √2 = 90mA / √2になります。
従って出力は (220V / √2) X (90mA / √2) = (220V X 90mA) / 2 = 9.9W

同様に自己バイアスの最大の出力を算出してみましょう。違いはバイアス電圧の分だけ電源電圧が減る点です。電圧は(250V - 30V -15V)になります。
従って出力は (205V X 90mA) / 2 = 9.2W

自己バイアスでは、固定バイアスより小さな波形しか出力できないことが分かります。実際はプレート:カソード間電圧が15V小さくなっていることからプレート電流も減っており、出力は更に小さくなります。

自己バイアスでは、固定バイアスに比べ出力の大きさを取り出し難くなることを分かっていただけましたでしょうか?

 次に理解を深めていただくために、図11にプッシュプル回路で上下二本の真空管が動いている時の合成ロードラインとその出力電流を示しました。プッシュプルでは真空管が二本ありますから赤い線のロードラインも二本になっています。無信号時のグリッド電圧は二本共に-15Vですからプレート電圧もプレート電流も同じ値になります。この二本のロードラインを加算した(下側プレート電流は逆方向に流れるので-です)紫色の線C’-D’を合成ロードラインと呼びます。グラフの右側にはそれぞれのプレート電流と合成のプレート電流(トランスに流れる電流)を図示してみました。

図10 ロードライン

五極管のロードライン

図11 合成ロードライン(紫色)と一次側の電流波形

五極管の合成ロードライン

シミュレーションでの確認

 それではシミュレーションの結果を見ながら、各端子の波形を確認してみましょう。
まず固定バイアス回路の図12からです。-15Vのバイアス電源はひとつにまとめていますがそれ以外は図1の回路と同じです。図13-aは入力1に0V(青の直線)と20Vpp(+側のピーク電圧 - -側のピーク電圧の絶対値が20Vの意味です)の信号を入力した時のグリッド電圧Vg1の波形を示しました。もう一方の入力2には同じ大きさで逆相の電圧を入力しています。ふたつのグリッド電圧は、固定バイアス電圧値である-15Vを中心に振れていることが確認できます。入力が10V上がった時にグリッドは-5V、入力が10V下がった時に-25Vの値で図10のロードライン上を往復しいていることになります。図13-bは見覚えがありますよね。プッシュプル回路の合成ロードライン図11右側の波形を現しています。線の色合いも先の図に合わせてみました。図13-cはプレート電圧を表します。入力1のグリッド電圧Vg1が上がるとプレート電流Ip1が増加し、プレート電圧Ep1は下がります。中心の電圧は電源電圧の250Vになっています。図13-dはスピーカーから出力される信号を表しています。その下に出力の大きさ(W)を求める計算式と結果を示しました。入力が20Vppの場合、出力は5.1Wになります。

 図14は入力を大きくしたものです。入力1を30Vppにしています。この時グリッド電圧Vg1は0Vと-30Vの間を往復しています。ちょうどロードラインの端から端までを行き来している状態です。図14-dのスピーカーの端子波形で出力の大きさを計算すると9.1Wとなり、図13より増加しています。

 図15は入力をさらに大きくしたものです。入力1を40Vppにしています。入力が大きくなった時にグリッド電圧Vg1は+5Vになりそうですが、前の図7と図8で説明した通りグリッド電圧は0Vを(大きく)超えることはできません。結果、波形は下側に伸びていきます。図15-aの緑と青の線が交差している点をご確認ください。これまでは-15Vのバイアス電圧の線上で交差していましたが今回は-18V程度のところで交差してます。これはバイアスが-15Vから実質的に-18Vに下がって動作していることを示します。ロードライン図10でお話しすると赤丸印が下側にずれて、赤い線の右側もさらに下がりプレート電流が0mAになっている状態です。図15-bでIp1が最小の時に0mAとなっていることを確認してください。これは入力1をこれ以上大きくしても出力振幅がもう大きくならないことを指しています。先に計算した時に使った電流の90mA(図15-bの波形では89.2mA)が最大になることに気が付きます。図15-d出力のスピーカー端子波形を見ていただいてもこれ以上は歪んでいくだけで大きく出来そうもありません。この時、出力は9.8Wです。

自己バイアスの抵抗Rkを計算

 自己バイアスではカソード抵抗Rkを決めなくてはいけません。ここではバイアス電圧を固定バイアスと同じ-15Vにしています。固定バイアス回路のカソード電流を読むと(グラフ中にはありません)と36.9mAを確認できます。ここから カソード抵抗 = -15V / (36.9mA X 2) = 203Ωとなります。ただし、この値はカソード:プレート間電圧が250Vある場合で、自己バイアス時のカソード:プレート間電圧はこれよりも低い250V-15V=235Vとなるためプレート電流も減少します。また自己バイアス電圧は入力の大きさよっても変わるため今回は40Vppと決め、入力した状態でカソード抵抗を変化させて固定バイアスと同じバイアス電圧値になる様に抵抗値を調整し210Ωとしています。

自己バイアス電圧は一度上昇する

 ここで入力の大きさとバイアスの関係について少しお話したいと思います。ロードラインの図10を見ると複数本あるグリッド電圧の間隔が上に行くほど広がっています。グリッド電圧は-15Vを中心に上下に動きますが、入力電圧の振幅が大きくなるほどプレート電流の上下差も大きくなります。プレート電流とカソード電流はほぼ同じですから、この差の電流がカソード抵抗にオフセット電流として流れ、バイアス電圧を上昇させます。
この様子を図20に示しました。入力の大きさを0Vから50Vppまで変えた時の様子です。0Vから30Vまではオフセット電流によりバイアス電圧が上昇しているのが確認できます。バイアスの電圧が上昇するとカソード:プレート間電圧が減少し出力振幅が取れない方向に動きます。さらに電圧を上げていくとバイアス電圧は下降を始めます。固定バイアスのところでもお話しした様にロードライン上で赤丸印が下側にずれて、赤い線の右側も下がっていきます。これに伴って動作クラスもAB1級からB1級へと移っていきます(級に付いては今回は詳細を略させていただきます)。出力は大きくならずに歪むばかりです。ギターアンプではわざと歪ませることがあるといっても、最大出力振幅はここが限界になります。固定バイアスの回路ではカソードは常に0Vに固定されているため、先の様に入力が大きくなってもバイアス電圧の上昇は起こりません。

自己バイアスのシミュレーション結果

 自己バイアスのシミュレーション結果を見てみましょう。図16が回路です。図17-aでは入力電圧がない時にグリッドの電圧は0Vになっています。固定バイアスでは-15Vになっていました。ここが両者の大きな違いです。その他の波形に付いては大きな差は見えません。
図18、図19を見てみましょう。入力1をそれぞれ30Vppと40Vppにしています。プレート電圧の変化量を良く見ると自己バイアスでは若干小さくなっていることが確認できます。出力の振幅も同様です。ここで、出力の振幅から最大出力を求めて固定バイアスの場合と比較してみましょう。どちらも入力が40Vppの時としました。

 固定バイアス = 9.8W  (9.9W・・・先のロードラインから求めた値)
 自己バイアス = 8.4W  (9.2W・・・先のロードラインから求めた値)

 固定バイアスの場合は先のロードラインから求めた結果に近い値となっていますが、自己バイアスの方はさらに小さくなっています。主原因はロードラインからの求めた場合ではプレート:カソード間電圧の変化を考慮していなかったためですが、この様子を最後にもう一度シミュレーションで確認してみましょう。図21を参照願います。プレート電圧(=スクリーングリッド電圧)が250V(コントロールグリッドは0V)ではプレート電流が111mA流れていますが、235Vでは101.5mAと減っている事が確認できます。最大出力を求めるにはEp:Ip特性の左肩の部分が重要となりますから、直線部分で見た数値はだいたいの値になりますが計算してみると
9.2W X 101.5 / 111 = 8.4W
とシミュレーションの値8.4Wになりました。

 以上より、自己バイアスでは固定バイアスに比べ最大出力を大きく取れないことが分かります。一般的にギターアンプでは高出力が望まれるためプレート電圧を出来るだけ高くしたりと工夫していますが、耐圧や許容損失の面から自己バイアスではどうしても不利になります。
固定バイアスでは出力管を変えるたびバイアス調整が必要ですが、こんなところから固定バイアスが選ばれている訳です。
(SPICE MODELはAyumi’s Labさんが作られたものを使わせていただきました。)

図12 プッシュプル回路 固定バイアス

図13 入力1=20Vpp 固定バイアス

固定バイアスSim回路
固定バイアスSim波形 入力20Vpp

Power=V・I=V・(V/R)=(V/2/√2)・( (V/2/√2) / R)
= (9.06V)^2/2/8Ω=5.1W

図14 入力1=30Vpp 固定バイアス

図15 入力1=40Vpp 固定バイアス

固定バイアスSim波形 入力30Vpp

Power=V・I=V・(V/R)=(V/2/√2)・( (V/2/√2) / R)
= (12.11V)^2/2/8Ω=9.2W

固定バイアスSim波形 入力40Vpp

Power=V・I=V・(V/R)=(V/2/√2)・( (V/2/√2) / R)
= (12.52V)^2/2/8Ω=9.8W

図16 プッシュプル回路 自己バイアス

図17 入力1=20Vpp 自己バイアス

自己バイアスSim回路
自己バイアスSim波形 入力20Vpp

Power=V・I=V・(V/R)=(V/2/√2)・( (V/2/√2) / R)
= (8.52V)^2/2/8Ω=4.5W

図18 入力1=30Vpp 自己バイアス

図19 入力1=40Vpp 自己バイアス

自己バイアスSim波形 入力30Vpp

Power=V・I=V・(V/R)=(V/2/√2)・( (V/2/√2) / R)
= (11.09V)^2/2/8Ω=7.7W

自己バイアスSim波形 入力30Vpp

Power=V・I=V・(V/R)=(V/2/√2)・( (V/2/√2) / R)
= (11.60V)^2/2/8Ω=8.4W

図20 自己バイアス 入力の大きさでバイアス電圧が変化

入力の大きさでバイアス電圧が変化

図21 プレート(サプレッサーグリッド)電圧とプレート電流

プレート:カソード間電圧でプレート電流が変化