真空管の交換時に必ず出てくるバイアス調整ってなに?

 アンプの修理で出力段の真空管の交換時にいつも出てくるバイアス調整という言葉。自己バイアスとか、固定バイアスとか、多くのWebで丁寧に説明してくれている方がたくさんいらっしゃるので、その意味に付いてはそちらをご覧いただくとして、ここでは概念のみを説明いたします。なんとなく雰囲気を分かってもらえるといいかなと思います。

 次の図1に五極真空管を、図2に水道管を表してみました。真空管と水道管、どうして関係があるのか? イメージですからそこは許してください。(五極管の中にどこにも繋がっていないグリッド(横向きの点線)が二本ありますが、今回は無視してください。)

図1

五極真空管

図2

水道管で表現

 真空管の動作を一言で表すと「グリッドの電圧を上げるとプレートからカソードに向かって流れる電流が増加する」です。バルブ付き水道管と同じでしょ?

アンプ出力段の動作と水道管での表現

 それでは一般的なプシュプル型の出力回路を真空管と水道管で書いてみます。図3が真空管の回路、図4が水道管で表したもので、共に信号が入っていない(ギターを弾いていない)状態を示しています。上下二つのグリッド電圧(バルブの開閉状態)は同じになっています。真空管の青色矢印は電流を、水道管の水色は水量を表しています。図3では二つの真空管V1とV2には同じ電流が流れています。スピーカーには、V1の電流とV2の電流の差の電流が流れると考えてください。二つの真空管には同じ電流が流れているますから、スピーカーには電流が流れない、つまり音が出ていない状態を表しています。水道管の図4も併せて見てくださいね。水道管では、バルブを同じ閉め方にしたまま動かさない状態です。上のバルブの所と、下のバルブの所には同じ量の水が流れ落ちています。ところで、入力がない時、つまりギターを弾いてない時にも電流が流れていることに気が付きましたでしょうか?大切なことなので覚えておいてください。

図3

無信号時の真空管動作

図4 出力トランスの部分のパイプは水平をイメージしてください

無信号時の動作を水道管で表示

 それでは、ギターを弾いたときの動作を説明します。ギターを弾くとギターのピックアップから電気信号が出力されます。電気信号は電圧が上がったり、下がったりします。図5と図6を見てください。ギターからの電圧が上がった時を示しました。先にも述べましたが真空管はグリッドの電圧が上昇するとプレートからの電流が増加するように動きます。ところで、回路図には書きませんでしたでしたが本回路の前段に位相反転回路と呼ばれる回路があり、グリッド1とグリッド2の電圧を作っています。この回路はギターからの電圧が上昇するとグリッド1の電圧を上げ、グリッド2の電圧は同じ量だけ下げる働きをします(グリッド1とグリッド2を反対方向に動かす、つまり位相を反転させる回路です)。結果、真空管V1のグリッド電圧が上昇し電流が増えて、真空管V2のグリッド電圧が下降し電流が減ります。水道管でこの様子を表すと、上側のバルブを少し開けて下側のバルブを少し閉めたことになります。スピーカー出力には二つの水量(電流)の差の水(電流)が流れますので、スピーカーからギターの音が出るワケです。
 その次の瞬間、ギターからの電圧は下降します。この様子を図7と図8に示しました。水道管では上側のバルブを少し閉めて、下側のバルブを少し開けているときに相当します。スピーカー出力は二つの水量の差で水が流れますから、やはりスピーカーからギターの音が出ます。この時、スピーカーに流れる電流の向きが先ほどと逆になっている事に注意してください。スピーカーに流れる電流の向きはスピーカーのコーンが動く方向を決めています。仮に図5の状態でスピーカーのコーンが前に出たとすると図7では後ろに引っ込みます。つまりスピーカーはコーンを出したり引っ込めたりしながら音を出します。

図5

+信号時の真空管動作

図6

+信号時の動作を水道管で表示

図7

ー信号時の真空管動作

図8

ー信号時の動作を水道管で表示

バイアス調整とその役割

 ここで突然ですが、図4を使ってバイアス調整をしてみましょう。まづ、ギターのシールドをアンプから抜きます。そしてV1に流れる水の量を見ながら上側のバルブを調整して目標の量にします(目標の量は決まっています)。次にV2の水量を見ながら下側のバルブを調整してV1と同じ量になる様に調整します。これで完了です。この事から分かるようにバイアス調整には二つの目的があります。
 (1) 水量(電流)の絶対値を合わせる。
 (2) V1とV2の二つの水道管(真空管)の水量(電流)を合わせる。
です。(1)で水量を少なくしすぎるとギターの音が大きくなった時V1またはV2どちらかの水量が無くなってしまい歪んでしまいます(その様にする場合もありますけど)。また、大きすぎると流れすぎて真空管なら赤熱し、場合によっては壊れてしまいます。(2)に付いては、バランスが取れていないと常に歪んだ音になってしまいます。
 真空管には特性にバラツキがあるため、取り換えた時にはこのバイアス調整が必要になります。※1

※1 本バイアス調整は代表的なものを示しており、機種によってはバランスの取れた真空管(マッチドペア)を使うことを前提に絶対値のみを合わせるタイプ、毎回特性の決まった真空管を使うことでバイアス調整を省いたタイプなど様々なものがあります。

カップリングコンデサーとバイアス電圧

 ところで、「水道管なら手でバルブを開閉できるけど真空管では簡単には出来ないのでは?」と思われる方がいるかもしれません。実は簡単にできるんです。少しだけ回路の事に触れさせてください。
 図9を見てください。コンデンサは高い周波数の信号は通し、低い周波数の信号は通しません。この作用を応用した一例がハイパスフィルターです。コンデンサをC、抵抗をRと書いています。CとRを十分に大きくすることでギターの信号に影響を与えないようにする事も可能です※2。この回路では抵抗の下がグランドに接続されていますが、例えば図10の様に+1Vの電圧を与えると出てくる信号の中心値は+1Vに変換されます。また、図11の様に-1Vにすることで、出力の中心値は‐1Vに変換されます。信号の中心電圧(ギターを弾いていない時の電圧)を自由に変えられるということです。これを真空管の回路に加えたものを図12に示しました。バイアス1とバイアス2の電圧を(実際にはポッドを使って)変えることで電圧調整を行います。バイアス1の電圧を変えるポッドが水道管の上側のバルブに、バイアス2の電圧を変えるポッドが水道管の下側にあるバルブに相当します。一度調整したら動かしません。後はギターから出る信号でグリッド電圧(バルブの開閉)を動かします。ちなみに、このようなコンデンサを、その用途からカップリングコンデンサーと呼んでいます。繰り返しになりますが、ギターをつながない状態で、この二つのポッド(バルブ)を調整することが、バイアス調整になります。

※2 カットオフ周波数は 1/(2・π・C・R)になります。

図9

HPF

図10

レベルシフト+

図11

レベルシフトー

図12

真空管動作とグリッド電圧可変

 以上、どうでしたでしょうか? バイアス調整とは何をしているのか、なんとなくでも雰囲気を分かって頂けたなら幸いです。