オペアンプのデータシートってどう見るの?
ギターアンプやエフェクターの中で使われているオペアンプ。特にエフェクターなどを自分で作ってみたいと思っている方へオペアンプのデータシートの見方についてお話しします。
表1にバイポーラトランジスタで構成されたオペアンプのデータシートの例を示しました。値や表現は私が一般的と思う内容で書いています。実際に使う際には、値は勿論ですが項目名や条件も各社で異なりますので製品のデータシートを良く見て進めてください。
① 電気的特性
まず条件を確認します。V+/V-は電源電圧、TaのaはAmbientの略で周囲温度の事です。データシートはこの条件でしか保証していませんので注意してください。
② 入力オフセット電圧
条件がRS≦50Ωとなっていることに注意してください。大きな抵抗が付いた場合は、次に説明する入力オフセット電流と入力バイアス電流によりトータルのオフセット電圧が変わります。また値は温度によっても変化します。データシートによってはオフセットの温度係数が例えば標準で10μV/℃と記載されているものもあります。この場合0℃から50℃まででは標準で0.5mVオフセット電圧が変わる事に注意してください。図1に10倍の非反転アンプの例を示しました。オフセット電圧が3mVあると出力にはゲイン倍の30mVのずれが生じることに注意が必要です。
③ 入力オフセット電流
入力オフセットは電圧だけでなく電流もあり、入力オフセット電流と呼びます。値は入力電流の+側と-側の差電流を表します。どちらが大きいという事ではなく差の電流です。入力端子に繋がるインピーダンスによって電圧オフセットに変わります。インピーダンスが大きければそれだけオフセット電圧も大きい方向に発生します。オフセット電流はオフセット電圧とは別に独立に発生します。入力にこのオフセットが発生すると入力オフセット電圧と同様、出力にはゲイン倍のズレた電圧が現れます。一般的にJ-FETやMOSトランジスタ型では入力オフセット電圧が大きくなりますが代わりに入力オフセット電流が小さいので、入力のインピーダンスによってはこちらの方がトータルのオフセット電圧が小さくなることもあります。
④ 入力バイアス電流
入力から流れ出る、または流れ込む電流です。図2に非反転アンプでこの電流のイメージを書いてみました。+側、-側に同じ電流が流れます。+側に繋がっている電池に電流が流れても抵抗成分が無い(実際には小さい)ので電圧は変わりません。-側は抵抗が繋がっていますので電流が図の向きに流れると電圧が上昇します。結果、+側と-側で流れる電流が同じにもかかわらずオフセット電圧が発生することになります。
次に入力バイアス電流によるオフセットをキャンセルする方法を説明します。図3の様に+側の入力に抵抗RBを挿入し改善させることが出来ます。RBの値をいくつにすればキャンセル出来るでしょうか?実際に計算してみましょう。
電池の電圧を0V、Vout=0VとしてVnとVpの式をたてます。
R1 (IB+IFB)=-(R2 IFB) ・・・ 式①
RBIB=R1(IB+ IFB) ・・・ 式②
式①を変形
R1 IB+R1 IFB=-R2 IFB
R1 IFB+R2 IFB=-R1 IB
IFB=-R1/(R1+R2) IB
式②に代入
RB IB=R1 IB-(R1 R1)/(R1+R2) IB
RB=R1-R1R1/(R1+R2)
RB=(R1 (R1+R2)-R1 R1)/(R1+R2)
RB=(R1 R2)/(R1+R2)
この式はR1とR2の並列抵抗を求める式ですからRBの値をR1とR2の並列抵抗の値にする事でキャンセル(Vout=0に)出来ることが分かります。ただし先の入力オフセット電流に付いてはキャンセル出来ませんので注意してください。
⑤ 電圧利得
オープンループゲイン(帰還を掛けないときのゲイン)の事です。
⑫の利得帯域幅と合わせて説明します。利得帯域幅はGB積、ユニティーゲインなどとも呼ばれ、ゲインが0になる点の周波数です。図4を見てください。オープンループゲインが100dBで利得帯域幅が10MHzの場合のボード線図です(ボード線図は後に示すように位相も記載しますが、ここではゲインのみとしています)。青い〇をポールと呼びます。オペアンプの内部はトランジスタ、抵抗、コンデンサなどで構成されますが、図5に示すLPFがどうしても存在します。このカットオフ周波数をポール(極)と呼んでいます。ポールの右側では周波数が2倍になるたびにゲインが半分、つまりに6dB下がり、周波数が1/10になるたびにゲインは20dB下がります。このことから電圧利得と利得帯域幅が分かると図4のボード線図が作れることになります。電圧利得から右へ水平に伸ばした線と、利得帯域幅の周波数を通る右肩下がりの20dB/decのラインが交わるところがオープンループのカットオフ周波数になります。
それではオペアンプに帰還を掛けて使う時のボード線図はどうなるのでしょうか。100倍(40dB)の非反転アンプの例を図6に、この回路のボード線図を図7に示しました。ここで注意してほしいのはカットオフ周波数(3dBダウンの周波数)です。オープンループン時は10Hzでしたが、40dBにすると10kHzとなっています。ゲインを下げるほどカットオフ周波数が高くなります。
より深く理解していただける様にオペアンプの位相補正がどのように行われているか説明しておきます。位相補正とは帰還を掛けて使う時に発振を起こさない様にする為の位相の補正のことです。まず発振に至る条件を確認しておきましょう。ひとつ目がゲインが1以上、二つ目が位相が180度回転する、この二つが同時に起きた時に発振が始まります。私はこれをよくブランコに例えて説明します。ブランコに乗っていて漕ぐのをやめればその内に止まります。負帰還を掛ける、それはブランコの後ろからもう一人の人が押すことと似ています。後ろの人がいま振れているよりも強く押すと振れはどんどん大きくなります。ただし押すタイミングとブランコが戻ってくるタイミングを合わさないといくら強く押してもブランコは止まってしまいます。ブランコが向こうに行くタイミングに合わせて押してあげると上手く動き続けます。この強さとタイミングがゲインと位相に相当します。それではオペアンプの場合をボード線図で見てみましょう。
※ ブランコを揺らし続けるには遠のいていくときに同じ方向(360度位相)で押します。オペアンプでも考え方は同じですが出力Voutから戻ってくる信号は-側(反転入力)に入ります。従って360度ではなく、逆位相の180度で発振条件が成立します。
ブランコをずっと動かし続けるには
1)動いている振れよりも大きく押す
2)遠ざかるタイミングに合わせて押す
図8に位相補正を行っていないオペアンプのボード線図の一例を示しました。実際のオペアンプでは二つ以上のポールを持ちます。10kHzに第1ポールが、 1MHzに第2ポールがあります。それぞれのポールの位置で位相が変わっていきます。周波数が10MHzの所を見てください。ゲインが20dBあるにもかかわらず位相が既に180度回っています。先ほどブランコで説明しましたように発振条件に入っており、このアンプは発振を起こしてしまう事が分かります。図9をご覧ください。こちらは第2ポールの位置(周波数)は同じですが、第1ポールの位置を10Hzへ下げています。ゲインが早く落ち始め位相も早く回り始めます。ゲインが0になる周波数では位相が135度を保っています。この様にして発振を防止することを位相補正すると言います。また、ゲインが0の時の残りの位相180度-135度=45度を位相余裕と(位相が180度になった時のゲインをゲイン余裕と)呼びます。この位相補正はオペアンプの開発者が行うものでユーザーが行う事は通常ありませんが、次のような事を理解するのに役立ちます。
図10を見てください。先ほどの図6のオペアンプのボード線図に位相を追加したものです。改めて40dBのボード線図を見ると、位相が90度でまだ残り180度-90度=90度ある事が分かります。更にゲインを下げていくとしばらくは変わりませんがその内に位相余裕が小さくなっていきます。そしてゲインが1=0dBのボルテージフォロアーで位相余裕が45度になり一番厳しくなります。
図11に2倍のアンプの一例を書いてみました。ゲインが小さく、-側のインピーダンスが高い場合、配線などの寄生容量で発振が起きやすい事が分かりますでしょうか。Voutの信号が-入力端子に戻る時、外付け抵抗と寄生容量で位相がさらに遅れるためです。
⑥ 最大出力電圧幅
出力電圧を出せる最大の値の事で図12に図示しました。バイポーラトランジスタを使ったアンプでは電源電圧まで出力電圧を上げることは通常出来ません。従って電源電圧を小さくすると最大出力電圧幅も小さくなります。また、この値は温度により変化することに注意してください。(出力にMOSトランジスタと用いたもの、レールトゥレールと呼ばれるものは電源電圧近傍まで出力できるものもあります。ただしその場合は出力電流に注意してください。詳しくはそれぞれのデーターシートをご覧ください。)説明が前後しますが、図13は出力にオフセットが1Vある場合です。最大出力電圧が小さくなってしまう事を確認してください。なお、単一電源のオペアンプなどでは最大出力電圧幅ではなくVOHとVOLで表しているものもあります。
⑦ 同相入力電圧幅
±の電源を使う場合は信号の中心電圧を通常0Vにします。この(無信号時の)電圧を同相入力電圧と呼びますが、必ずしも0Vである必要はありません。同相入力電圧幅のなかで選ぶことになります。ただしV+とV-の電源電圧の中心から外れると最大出力電圧幅が小さくなりますので注意が必要です。
⑧ 同相信号除去比 Common Mode Rejection Ratio
オペアンプを使って作るアンプの代表は何といっても反転アンプと非反転アンプですが差動アンプをご存じでしょうか?オペアンプは差動アンプじゃないかと言われるかもしれませんが、オペアンプのゲインは非常に高いのでそのままでは使えません。そんな時には次の図14の様に接続します。
この時のゲインはR2/R1になります。
同相信号除去比はこの差動アンプ接続で測定されます。図15を見てください。
同相信号除去比は Vout/Vin で算出されます。差動アンプでは、Vin+とVin-に同相ノイズが入っても差電圧のみを増幅することから理想的にはノイズの影響を受けません。同相ノイズと入力波形の例を図16に示しました。同相信号除去比は実際にどの程度除去できるかの値になります。
⑨ 電源電圧除去比 Supply Voltage Rejection Ratio
考え方は同相信号除去比とほぼ同じです。信号を入力する場所が電源に変わります。例えば電源にハムノイズが乗った時にどのくらい出力にそのノイズが現れるかこの値で表現されます。
⑩ 消費電流
その名の通りですが、出力に流れる電流を含まない事に注意してください。
⑪ スルーレート
方形波を入力すると、出力の反応は入力に追いつけず図18の様な形になります。スルーレートは SR=Vo/t <V/μS> で表されます。立上りと立下りで異なる時には遅い方の値になります。
この様子を見ていただき、例えばエフェクターはアナログで方形波は入れない(使われない)から関係ないと思われるのは間違いです。これまで見てきた周波数特性は振幅の値が微小信号つまりスルーレートの影響を受けない小さな大きさの場合を表しています。例えば仮に100kHzのカットオフ周波数を持っていたとしましょう。振幅が大きい時には100kHzの信号が出ない場合があります。
次の図19を見てください。スルーレートの波形にサイン波を重ねています。青、緑、黄緑、橙までは追従できるものの、赤色の波形の振幅には追従できない事を表しています。違う見方をすると同じ大きさの振幅に対して周波数が上がると追従できなくなるとも言えます。
それではどこまで追従できるか実際に計算してみましょう。
サイン波形の式は 高さY=A ω Sin ωt
傾きを求めますから微分して SR= A ω Cos ωt
形の出発点 ωt=0 ですから SR= A ω = A 2πf となります。
周波数に直すと f=SR / (A 2π) になります。
SRが5V/μSで電源いっぱいの30Vppを出力したい場合はAがV0P(= 0V~Peakまでの電圧)になるので、周波数の上限はf=5 / (15・2・3.14)X1000000=53053=53kHzとなります。
⑫ 利得帯域幅
先の所で説明しましたのでここでは略させていただきます。
⑬ 全高調波歪 Total Harmonic Distortion
出力波形の歪を、含まれる高調波成分の割合%で表したものです。ここでは詳細に付いては略させていただきます。
⑭ 入力換算雑音電圧
ノイズには 熱雑音 、 ショットノイズ 、 1/fノイズなどがあります。
詳細に付いては専門書を読んでいただくとして、それぞれに付いて簡単に説明します。
熱雑音
抵抗から出るノイズです。
Vn=√(4K T R⊿f)
K=ボルツマン定数 T=絶対温度 R=抵抗
抵抗にかかる電圧や電流に関係のないことに注意してください
ショットノイズ
半導体の接合面を通るときに発生するノイズです。トランジスタのベースとエミッタ間に電流が流れることでノイズが発生します。これに伴いベース電流にもノイズが乗ってきます。従いましてICの中だけにとどまらない事に注意をお願いします。つまりオペアンプの入力(トランジスタのベース)に繋がるインピーダンスが大きいほど、入力バイアス電流が大きいほどノイズも大きくなります。また入力にインダクタンス(ギターのピックアップなど)があるとノイズに周波数特性を持ちます。これらの影響を正確に知るにはノイズシミュレーションが有効です。
なおショットノイズは次の式で表現されます。
Vn=√(2qIR⊿f)
Rはエミッタ等価抵抗re、ベース電流の場合はベースに繋がるインピーダンスになります。
1/fノイズ
フリッカノイズとも言われます。周波数に反比例(周波数が半分になるとノイズは2倍になります)します。MOSトランジスタで多く発生するノイズです。
終わりに
代表的なオペアンプの内部構成とそれぞれの特徴に付いて簡単に触れておきます。
オペアンプはバイポーラトランジスタで構成されたもの、入力をJ-FETにしたもの、全てMOSトランジスタで構成されたものがあります。(ほかに高速用、低オフセットのゼロドリフトアンプ、低ノイズ用、レールトゥレール、高電圧用など様々なオペアンプが出ていますがここでは触れません。)
バイポーラトランジスタで構成されたものは比較的入力オフセットが小さく、逆にオフセット電流が大きくなります。信号源の出力インピーダンスが小さい時はオフセットは有利になりますが、大きい時にはオフセット電流の少ないJ-FETやMOSで構成されたものが有利となります。バイポーラトランジスタの1/fノイズは小さめです。ただし、入力のバイアス電流が大きい為ショットノイズが信号源インピーダンスで大きくなりますので注意が必要です。特に信号源がインダクタンス特性を持つ場合にはノイズのスペクトルが一様になりませんので注意が必要です。また動作スピードは速く、消費電流は大きくなる傾向にあります。
入力段をJ-FETにしたものはバイポーラトランジスタで構成されたものに比べオフセット電圧が大きく、逆にオフセット電流もバイアス電流も小さくなります。一般に入力段以外はバイポーラで構成されているため動作スピードは速めで消費電流も多くなっています。
MOSトランジスタで構成されたものは、J-FETトランジスタのものと同様に入力インピーダンスが高く、オフセット電圧が大きく、オフセット電流もバイアス電流も極めて小さくなります。動作スピードは遅くなりますが、消費電力は小さくなります。ノイズは1/fノイズが大きくなります。
先にも書きましたが色々なオペアンプが出ており、MOSで構成されてモノでも低ノイズ低オフセットのものもありますのでよく吟味して使われることをお勧めします。
今回は全高調波歪とノイズに付いて多くを割いていません。機会をみて、また取り上げたいと考えています。